
とりあえず、近くだし、いっぺん行っとくかということで夫婦で出かけました。
結構会場の近くに民間駐車場があるので、ぎりぎりまで近くに行っても大丈夫みたいです。
僕達は、長久手温泉「ござらっせ」の無料駐車場に止めて、そこから歩きました。
でもゆっくり歩いて30分くらい、ちょっと遠い。帰りはタクシーで950円也。
人気のところは並んでる列の長さを見ただけでいやになり、人気のなさそうな並んでいないところを中心に回りました。
●インド館(写真左上の2個)は匂いがインド。土産物屋も、モロインド。懐かしかった。
●ネパール館(写真右上)ネパールの寺院によくあるマニ車。1度回すと1度お経を読んだことになる。
●イエメン館(写真左下)土産物売り場では、本場さながらの価格交渉が繰り広げられる。
商品には何ひとつ値札がない。でも本場ほどボラれることはなさそうだ。
●モリゾーかキッコロ(写真下中央)僕には区別がつかない。
周りのだれかが「あ!キッコロ!」と言ったけど、誰かは「あ!モリゾー!」とか言ってる。
なんだみんな解ってないや。
●パレード(写真右下)背の高い人を見て、妻が「下の人は大変よねぇ。暑いのに・・・」
って、肩車されていると思ったらしい・・・。
あれは竹馬だろ?と言うと、「いやぜったい肩車よ」と言い張る。
んなわけないだろう。
と、この程度のものでした・・・。
U2のボノ氏「日本はもっとやれる」アフリカ支援要請(読売新聞より)
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世界的なロックスター、ボノ(45)が、アフリカ貧困の撲滅を目指し、精力的に動いている。
7月初めの主要国首脳会議(グレンイーグルズ・サミット)前の同月2日には、各国の大物スターが参加する大規模な無料コンサート「ライブ8」を東京を含む世界8都市で開き、アピールする予定だ。
ボノは17日、本紙と会見し、日本や米国などがアフリカの貧困撲滅に取り組むのは「慈善ではなく、正義の問題だ」と訴えた。
「毎日6300人がエイズなど予防可能な病気で死んでいる。人口の7割は1日2ドル以下で生活している……」
・・・続きは>>>読売新聞
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ボノは、この記事の中で政治家の懐に入る方法を、
「政治家はロックスターがただ叫んでも、びくともしない。でも、彼らが気にする有権者や企業などがおれたちの存在を認め始めると、結構相手にするものなんだ。」
と語っている。
こういう活動をする以前から、ボノ率いるU2は既に世界的なグループだったので、
彼は単なる売名行為的ではなく、真剣にアフリカの貧困からの救済をライフワークにしてると思う。
そして、自分の世界的ミュージシャンという立場を、私利私欲のためではなく、
社会貢献のためにうまく活用している点に「あんたはどえりゃーエライ!」と言いたい。
ちなみに昨年11月に出たU2の11枚目となる新譜「How to Dismantle an Atomic Bomb」は、とてもすばらしいアルバムです。40歳過ぎても勢いが衰えるどころか、さらにパワーを増しているところがすごいと思います。

ちなみにボノは僕と同年(1960年)生まれです・・・。

映画「小さな中国のお針子」、フランスに移住した中国人監督による中国が舞台のフランス映画。
池谷薫監督の延安の娘と同じ中国の文化大革命が舞台背景だ。
監督の実体験を元にした物語で、都会人の主人公2人の若者が下放政策で山奥に再教育として送られ、現地の娘(お針子)に恋をする。主人公は文盲の娘に西洋の書物を読み聞かせ、自由を教える。
結局、娘は自由を求め、都会へと旅立ってしまう。
ちょっと西洋の美化が鼻につくけど、舞台となった景色はとても美しく、ピュアーなストーリーだ。
映画の中で、都会で洗練されていた主人公は「娘を無知から救済したい」という意味のことを言った。
この言葉が印象に残ったけど、
救済する側の無知度によって、救済にならない場合があるだろうなぁ。
あらゆる争い事は、ほとんどが無知によるものだと思う。
自分自身を考えると、自分の無知がどれくらいのものかも検討がつかない。
いろいろ知る度に、それまで知らなかった自分が愚かに思えるし、
それを知るまでは何を知らないのかがわからない。何を言ってるのかもわからなくなる・・・(-.-)
ようするに、世界中で争い事や理不尽なことが今だになくならないというのは、この映画の娘(お針子)だけではなく、自分も含め、世界中がまだまだ無知から救済されていないということだ、と思ったのでした。

夜のモダンロッジの屋上の様子。外人の女性が読書をしていた。
1984年2月と4月、1985年3月の計3回インド、カルカッタの安ホテル『モダンロッジ』に宿泊した。
最初は8ルピーの大部屋ドミトリー、2回目は個室、3回目は新婚旅行だったので、屋上の一番高い部屋。
一番高いと言っても55ルピー(当時約1000円)だ。屋上の部屋ここではスイートルームと呼ぼう。
スイートは朝食付きだ。屋上のテラスにはテーブルがいくつかあって、朝食はそのテーブルでいただく。
トーストと卵、チャイがポットで付いてくる。当時は何とも贅沢な感じでウキウキした。
モダンロッジは今でもあるみたいだけど、当時からカルカッタの安ホテルとして隣りのパラゴンと並んで有名なホテルだ。
バッグパッカーは誰でも知っている。
インドに来たばかりの人、何年も世界中を旅している人、ヨーロッパ人、アメリカ人いろんな人がいる。
最初のインドは、次にどこに行くかも決めていなかった。
次の行き先は、モダンロッジで知り合った人から勧められた場所プリーに決めた。
旅の情報の拠点でもある。
2度目のモダンロッジでは、高熱で2〜3日寝込んだ。
一番ひどかった日は、もうろうとして記憶がないけど、日本人の誰かが聞きつけて来て、インドでは珍しい氷や、みそ汁などを差し入れしてくれた。でも誰だかわからない。
日本人が病気だ、という噂は他の日本人に流れるみたいだ。あのときは助かった。
僕のカルカッタと言えば『モダンロッジ』。
格別な想いがある。
でも今度行く時は、もっと上等のホテルに泊まろう。
もう安ホテルには泊まらないぜ!
およそ10年ぶりに平原の滝の展望台へ登ってみた。

ふと思いついて、ひとりで出かけた平原の滝。
子どもがチビだった頃、お弁当持って家族で何度か展望台へピクニックに行ったっけ。

平原の駐車場から歩いて30分くらいかかってたと記憶していたので、結構心の準備をして
登ってみたら、あらら10分ちょっとで展望台まで行けてしまった。こんなに近かったのね。
でもここからの景色はバツグンです。

ずっと階段を登るので、わずか10分程度でも息は上がり、頭がシューシューしてしまった。
なんてこった。疲れすぎ。息を整えるのに10分以上かかってしまった。
20年前はヒマラヤトレッキングで1日8時間を10日間続ける体力があったのに、今は微塵もない。

帰りに、久しぶりに無の里にも立ち寄ってみました。無の里は平原の滝のふもとにあります。
サラリーマン時代によくサボりの場所として、利用していた行きつけの場所。
当時からの管理人でもあり、日本画家の神取みよ子先生も相変わらずご健在で、久しぶりに会えてよかった。神取先生は、何とも言えぬ味のある方で話していてとても面白いです。
誰に対してもおもてなしの心があり、とても落ち着いた時間を過ごすことができます。
無駄話しをしながら、のんびりお茶をいっぷく頂きました。
街の喧騒を離れて、ひとときの安らぎを得るには格好の隠れ家的場所です。
こんなに近くにあるので、また、度々訪れることにいたしましょう。
いいとこですよ。>> 平原の滝
テレビで月10万円で豊かに暮らせる町&村という番組がたまにやってます。
最近、真剣に見てます。
実際に都会から田舎に移住している人がいます。
そうしたいと思う人はたくさんいるでしょうが、実際に実行する人はまだ少ないと思います。
そうしたい、と思うのと、実行するのには、かなりの違いがあります。
・・・ん〜....やるか。いや、やるしかないな。
と、最近思うようになりました。
年と共に、生活も変わって行きます。
今は経済活動中心に生活をしているので、街で生活した方が都合が良いわけで
それはそれで合理的です。
しかし、もっと年を取ってくると、今と同じような仕事中心の生活もできないだろうし、
もっと違う生活もしてみたい。
ライフスタイルも年に合わせて変えて行くことが重要で、また楽しいだろうと思います。
特に、年金があてに出来そうにない昨今、国に頼らないで生きて行けるスキルも必要だと思うし、
そうなると今のような街型の生活だとお金もそれなりにかかってしまいます。
ならば、住む場所や生活様式自体の基盤から変えてしまう必要がどうしても出てくるでしょう。
思えば今までも住む場所、生活様式はかなり変化して来ているので、変化することに対しては、
躊躇はなく、不安より期待の方がとても大きい。
そうだな、少なくともあと10年後、できれば5年後・・・とすると、そろそろ動かないと、
月10万円で豊かに暮らせる町&村は、今や憧れではなく、真剣なのです。
ちなみにこの海外版もやってほしいな。
一般市民が些細な条例違反程度で簡単に書類送検される。
しかも条例違反の主の取り締まり機関である市役所の方も驚くような処遇。
この問題を発端に、有識者からいろいろなお話しを伺うチャンスを得た。
そこで、今まで気にもしなかった権力社会の構造が、あまり見たくなかったけど見えて来ました。
今はっきり言えるのは、残念ながら警察に関しては、正義の味方とか市民と信頼関係を築くとか、
一般的には常識と言える事が通じる世界ではない。という事。
今まで正義の味方だと思っていたのが、お人よしで幻想に近いものだったというのが現実のようです。
些細な事でも掘り下げていけば、政治的な事が絡んでいたり、さまざまな曲面や権力的な思惑があったりと複雑な場合もあるようだ。
それらを考慮すると一方では納得の行く部分もあるものの、
権力の一極集中が根源的に作用しているので、不条理この上ない場合も出て来てしまう。
本件の書類送検は、全体から見ればとても小さな案件だけれども、
「嘘つきは泥棒の始まり」的に言えば、「お手軽書類送検は、不当逮捕・冤罪の始まり」かもしれない。
我々小市民としては、なるべくその不条理に巻き込まれないように心がける事しか、今やれることはないけれど、
もし巻き込まれたら(誰でも巻き込まれる危険性は今後さらに増えそうだ)、
少しでも多くの人に伝えることが、大事だと思う。
今回も、いろんな人にいろんな場面で伝えているけど、そのおかげでかなり視野が広がった。
今までがあまりにものん気だっただけかも知れないけど・・・。
そして、些細な事でも、ちゃんと味方になってくれる人もいるという良い経験もすることができた。
しかし、はてさて西尾市という市は他市とくらべてどれほど健全な市なのか?
この疑問がはじめて芽生えた疑問だ。
今後もっと市民全体が行政に対してチェック機能を働かせる必要はありそうだ。
微力ながら、それが市民が不条理に巻き込まれないための方法でもあると思う。
そうだ、改めて言っておかないといけませんね。
少なくとも西尾市では、些細な条例違反でもその場で書類送検される場合があります。
今回は、愛知県屋外広告物条例違反で書類送検される事実がありました。
この他にも条例はたくさんあります。その詳細はインターネットで調べることができます。
もし条例を知らなくても違反は違反で問答無用で罰せられます。
そして、警察には人道的な論法は一切通用しません。
ご注意ください・・・。
続く・・・
解夏をレンタルして観た。
映画の内容はとてもシンプルで、主人公の失明して行く恐怖を故郷の自然と友人、家族が愛を持ってサポートして行くドラマだ。
僕は長崎生まれの長崎育ちなので、この映画の故郷長崎の風景に引き込まれた。
そして、石田ゆり子のなんとも言えぬ魅力に。
そう言えば長崎を離れてもう15年が経つ。
映画に出てきた風景は、長崎のどこにでもある見慣れた風景で、長崎で暮らしていた時には特別何とも思わなかったけど、今こうして映画で見ると、懐かしい想いの中に、美しい街だと改めて思った。
坂だらけだから、学校に行くにも友達の家に行くにも映画に出てきたような坂をえっちらほっちら上って行く。別にそれが苦になるという感じはなかった。
でも平地に住みなれた今、坂上るのきついだろうな・・・。足パンパンになりそう。
そして映画に出てきた、まんじゅうやのおばさん。これもよくいるタイプのおばさん。
そしてやさしくしてくれる同級生達、たまに長崎に帰った時、僕も久しぶりに同級生に会うけど、そんな事がオーバーラップして、無性に長崎に帰りたくなってしまった。
そしてゆっくり長崎の街を歩きたいと思った。
ちなみに長崎弁は隆之(大沢たかお)のお母さんが一番上手だった。
とても自然で長崎のお母さんらしい人だ。
故郷は遠くにありて想うもの・・・。まさにそう実感した。
ところで私は幼稚園の頃、警察官に憧れていて、大きくなったら警察官になろうと思っていた。
10円玉を拾っては、近くの交番に届けた。おまわりさんに会いたかったから、何度も何度も理由を作っては交番に行った。今でも覚えているのは、10円玉を拾って届けた時、
そのおまわりさんは、「ぼく、届けてくれてありがとね。この10円はおじさんが預かるね、そのかわりおじさんの10円をご褒美にあげるね。」と言って、僕が届けた10円玉とは違う10円玉をくれた。
そんなおまわりさんがとても好きだった。たぶんだからおまわりさんになりたいと思ったのかも知れない。
かれこれその当時から40年近く経った今、今度はおじさんになった自分が、年下になってしまった現代のおまわりさんと相対して、こう思う。
このおまわりさんは、10円玉を拾って届けた子どもにも書類を出してきて書かせるのだろうな・・・。
時代のせいか、人格のせいか?
さて、昨日5/31ですべての取調べが一応終了したようだ。
取調べられたのは、妻を含めた社員3名と社長の計4名。
延べ時間は妻だけでも10時間以上なので、全ての時間はその数倍。
ご苦労なことです。いったいこの微罪で予算をいくら使ったのだろう?
この愛知県屋外広告物条例というのは、愛知県知事が公布していて、取締りは市役所都市計画課と警察が県知事の代理として行っている。
西尾市では主に市役所が行っていたようだが、今回この条例の主管である生活安全課ではない警官が、たまたま見つけたということで取り締まりがはじまった。
市役所には5/30に相談に行って、都市計画課の方と話しをしたわけですが、
都市計画課の方は、とても正義感を持っておられて、過去に例のない処遇に対して同情してくれ、私達の話を聞いたあと、わざわざ西尾署に出向いてくれたようです。
この件で実際に行動を起こしてくれた方は今回はじめてだったのでとても嬉しかった。
でも6/1、都市計画課の方はわざわざ会社に来られて力になれなかったことを報告されたそうです。
それを聞いてお礼の電話をかけました。
その際、わかったのは、なんと都市計画課の方も警察に出向いた際、調書を取られたと言うのです。
いつどうやってシールを貼ったのか?そして我々がいつどのような相談に来たのかなどを取調べられたそうです・・・。
少しでも批判的な態度に対しては、最大限の権力を行使するという過剰な自己防衛反応だと感じました。
都市計画課の方の純粋な正義感からの行動が、警察権力に返り討ちに会わされた結果になりました。
まさに権力を盾にやりたい放題・・・。
権力を持つ人、組織に人格が欠如すると恐ろしい世界になります。
たまに警察での不祥事で調書の改ざん、自白の強要、誤認逮捕、冤罪などニュースや噂になりますが、
権力だけは最大限に行使できるこの閉ざされた世界では、何が起きても不思議ではないとゾットする思いを実感しました。
子どもの頃憧れだった警察とは、実際はかくもおぞましい世界だったとは。
もちろん中には人間身のある良い警官もおられることでしょうが、少なくとも今回出会った西尾署の警官には、残念ながら尊敬できる方はいませんでした。
唯一希望があるとすれば、担当警察官の部下でじっと横で事の成り行きを見守っていた、まだ若い警官。
担当警察官は、恐らく今回、調書の取り方などを教えるために、同席させていたのかもしれません。
妻の取調べに1度だけ私も同席する機会がありましたが、
私には、うんざりした表情に見えたその若い警官の方は、今回の成り行きを見てどう感じたのか?
10年後、同じようになって行くのか、それとも反面教師として良い警官を目指そうと思っているのか?
その本音を聞いてみたいと思いました。
しかし今回、とても勉強になりました。
弁護士さんの貴重な話しや、警察の実態を垣間見れてとてもよかった。
残念ながら警察への不信感だけが募った結果になったけれど、これも今さらながらだけど、分かってよかった。
そして市役所の方に正義感を持って市民のために力になろうと実際に行動をしてくれた人がいた、ということはとても嬉しかった。
困った時や、弱い立場の人に対して、相手の立場を理解し、いかに優しくなれるか、とても重要なことだと思います。
今回、その事に理解ができなかった警察関係の方も、いつか自分の身内や愛する人が同じような目にあった時、分かる日が来るかもしれません。
また、私は基本的に警察や消防、レスキュー隊や自衛隊、海保など危険を顧みず日々活躍されている方々を大変尊敬し、感謝しています。
だからこそ今回関わった警察の方々には、杓子定規なルールだけで行動するのではなく、正義とは何かを改めて考えてほしいと思いました。
さて、今後は送検された書類が検察に行ってどういう結果になるのか見守ることにいたしましょう。
続く・・・