
とにかく暑い・・・こりゃインドやタイとかわらない・・・
40度を超える地域も出ていますね。
こんなとき、みなさんどう過ごされていますか?
朝新聞を外の郵便受けに取りに行った瞬間、むぉあぁぁ〜っと熱気に体を包まれ、
そこで外出する気力がいっきになくなりますね・・・。
さて、我が家の今年の夏休みは『箱根旅行』でした。
しかもあるアンケートに答えた結果”当たった!”のです。だから只!
と思ったら、只なのは2名様分で、娘も行く!とのことなので、1名追加したら
なんと2万5千円!!高っ!
でも、そんな高いホテルが当たったんだということで、良かったのですが。
たしかに良いホテルでした。
大露天風呂に豪華な食事、部屋にもプチ露天風呂付きです。
浴衣の無料貸し出しで、和装での夕食もなかかな優雅でした。
箱根は美術館もたくさんあって、ゴッホ、ピカソ、シャガールなどなどの美術鑑賞や
娘の目当ての「星の王子さま美術館」もとてもよかったです。
建物など素材が本物を使ってあって、フランスに来たようでした。
また当たったら喜んで行きたい場所です。
さてさて、また仕事に戻りますか。がんばろう!
そしてまた何か当てよう!

長崎日記第二弾。
昨日久しぶりに新大工町の裏通りに昔々からあるかき氷屋さん(春本)に行ってみました。
・・・まだやってる!
幼稚園の頃からかれこれ40年…、あの時のおばちゃん、まだがんばってた。地元ではテレビに何回も出て有名になってるらしい。今年でそろそろ引退という噂も。 (←という毎年のうわさらしい)
僕の昭和の思い出ど真ん中のおばちゃんだ。
ミルクかけが20円の頃からの行きつけだった。みつかけが赤色、ミルクかけが黄色のみつだった。
ミルク(練乳)は外側と中間くらいのとこと2重にかかっていて、ミルクセーキはタマゴの黄身と練乳と砂糖をグルグルっと混ぜて氷をすばやく加えてかき混ぜる。
子供のころ作る様子をじっと見ていたのを思い出す。
40過ぎの弟と子どもの頃を思い出しながら一緒に食べた。味はぜんぜん変わらない。
おばちゃん、もう80歳ということだから、"おばちゃん"というより"おばあちゃん"だけど、僕にとってはやっぱり"おばちゃん"だなぁ。
はじめておばちゃんと撮った記念写真。昔はカメラなんて持っとらんやったけんね。

久しぶりの故郷長崎。
(フラメンコの大先生になっている)幼なじみと一緒に、よしぼーさんの店ゴーシュへ。
雑誌やテレビの取材は断ってしまうので知る人ぞ知るお店だけど、僕は世界一おいしいお店だと思っている。
僕はグルメではないけれど、それでもおいしいと評判のフランス料理店や、イタリア料理店などに何度かは行ったことがあります。でも料理の味に対して心の底から感動を覚えることってほとんどありません。
でもゴーシュ では心の底から"おいしい!"という感動があります。
とにかくすごいんですよ。鳥肌が立つくらいうまい!!
たぶん素材のひとつひとつにこだわり、味に対する日々の努力と探究心がこの感動につながるんだと思います。そしておもてなしの心、やさしい笑顔がより一層味を引き立ててくれます。
閉店時間後の音楽の話も盛り上がりました。
長崎を訪れる際は、是非探して行ってみてはいかがですか?
ゴーシュに行くためだけに長崎に行ってもいいくらいですよ。
ちなみにヨシボーさんのアメリカ修行時代の顔見知りの近所の子どもが、僕も大好きなミュージシャンベン・ハーパーだって!
デビュー当時アメリカの両親に電話で確かめたそうです。スゲ。

先月行ったイタリア旅行の写真をとりあえずまとめました。
ナビゲーションがすこし解りづらいですが、
「ローマ」「フィレンツェ」「ヴェネツィア」の3箇所からさらに地区別へ分かれています。
コメントを入れる暇がないので、まだ写真だけです。
なんだかわからいと思いますが雰囲気だけということで・・・
たまに♪マークがあります。クリックするとMP3で音が流れます。
広場や路地ではストリートミュージシャンがすてきな音楽を奏でていました。
その音楽がまた粋な雰囲気を出してくれました。
はじめてのヨーロッパでしたが、日本やアジアとは全然違った良さがありました。
でも帰国してすぐに食べた”なか卯”のうどんがうまかった!!
やっぱしょう油味が世界一だ!

イタリアに来てから5日目、やっとインターネットにつながりました。
こんなに長い間ネットから離れたのは初めてでしたが、なかなかいいもんです。
ネットに縛られることのない時間を少し楽しみました。
さてローマに2泊、フィレンツェに2泊、そして今日ベニスに到着しました。
人生初めてのヨーロッパがここイタリアですが、そこらじゅうが古代遺跡だったり
どこもかしこも街全体が歴史博物館というか、それが普通の生活環境に溶け込んでいるところが驚きです。
左の写真はフィレンツェのホテル近くの様子。右はベニスの様子です。
ベニスに2泊してから帰国します。
取り急ぎ近況でした。

(突然昔の旅の思い出を綴るコーナー 1985年3月下旬頃)
3500mを超えた頃、もうこのあたりは緑はほとんど見当たらない。
まわりは荒涼とした乾いた土地だ。見渡せばヒマラヤ7000〜8000m級の山々が美しく連なる。
こんな所でも、たまに物売りの娘が声をかけてくる。(左写真)
チベットに近いだけあって、顔も日本人とそう変わらない。
数字の発音も日本語にかなり近い。この旅で、日本人のルーツはチベットだと確信した。
3500mを超えると空気がとても薄いようで、ちょっと歩いてもゼーゼー・・・休み休みでないとなかなか進めない。意識も少し薄れているようだ。その証拠に、この辺りの記憶があまり無い・・・。
ジョムソン村からたぶん3日目くらいだったか、ようやく標高4000mの聖地ムクチナートにたどり着く。
ここからの景色はまるで空の上にいるみたいで、ここで撮った写真は飛行機から撮ったかのようだ。(右の写真)
でも4000mまで来たら頭が痛くなって、山小屋に1泊した後、急いで下山した。
4000mでこんなだと、8000m以上の山に登る登山家ってバケモノだなと思った。
僕なら5000mでも命が危ない。絶対登山家にはなれないと思った。
下山の途中、竜堂さんという日本人の若い坊さんに出会った。
修行か旅行か知らないが山小屋に滞在していた。日本に帰ったらあるお寺の住職になると言っていた。今頃どうしているだろうか?
つづく・・・

(突然昔の旅の思い出を綴るコーナー・・・今回はネパール編)
1985年の3月の終わり頃かな、おぉ・・もう20年も前だぁ・・・。
その時、ヒマラヤのど真ん中、標高3000mの河原を歩いていたらヤギの群れに出くわした。
<写真はヤギ使いのふりをした僕。>
ポカラという、のほほんとした町からえっちらほっちら、山超え谷超え川越えて、過酷だけど意外とのんきなトレッキングの旅。
ここは10日くらい歩いてきたジョムソン村からカグベニに向かう河原。
河原の端から端まで写真に写りきれないくらい広い。途中に目標物がないので、いったい何メートルくらいあるのか距離感が全くつかめないほど。
ここは、雨季になったら川底になるそうだ・・・。
向かい風がビュービューと吹き付けるこの河原を延々と何時間もかけて歩いた。
やがて河原が終わると、また山を登る、そこからは4000mの聖地ムクチナートへの道。
3000mまでは感じなかったが3500mを超えると空気の薄さがキツイ・・・。

ちなみにこの旅は新婚旅行である。
<写真の妻の後ろあたりが、当時はまだ行くことが禁じられていたムスタン王国への入り口だ>
このあたりを歩いているとテレビで見たシルクロードの旅そのもの。
たまに地元の人がアンモナイトの化石を売りに来る。ここが昔々海の底だったなんて考えられない。
雄大な地球の美しさを実感する、いつかここからこのブログを更新したい。
つづく・・・

夜のモダンロッジの屋上の様子。外人の女性が読書をしていた。
1984年2月と4月、1985年3月の計3回インド、カルカッタの安ホテル『モダンロッジ』に宿泊した。
最初は8ルピーの大部屋ドミトリー、2回目は個室、3回目は新婚旅行だったので、屋上の一番高い部屋。
一番高いと言っても55ルピー(当時約1000円)だ。屋上の部屋ここではスイートルームと呼ぼう。
スイートは朝食付きだ。屋上のテラスにはテーブルがいくつかあって、朝食はそのテーブルでいただく。
トーストと卵、チャイがポットで付いてくる。当時は何とも贅沢な感じでウキウキした。
モダンロッジは今でもあるみたいだけど、当時からカルカッタの安ホテルとして隣りのパラゴンと並んで有名なホテルだ。
バッグパッカーは誰でも知っている。
インドに来たばかりの人、何年も世界中を旅している人、ヨーロッパ人、アメリカ人いろんな人がいる。
最初のインドは、次にどこに行くかも決めていなかった。
次の行き先は、モダンロッジで知り合った人から勧められた場所プリーに決めた。
旅の情報の拠点でもある。
2度目のモダンロッジでは、高熱で2〜3日寝込んだ。
一番ひどかった日は、もうろうとして記憶がないけど、日本人の誰かが聞きつけて来て、インドでは珍しい氷や、みそ汁などを差し入れしてくれた。でも誰だかわからない。
日本人が病気だ、という噂は他の日本人に流れるみたいだ。あのときは助かった。
僕のカルカッタと言えば『モダンロッジ』。
格別な想いがある。
でも今度行く時は、もっと上等のホテルに泊まろう。
もう安ホテルには泊まらないぜ!
なかなか旅に出られないので、以前の旅を思い出して紛わそうと思います・・・。
21年前、1984年3月インド西海岸のゴアに居た。ゴアには20日間滞在し、インド旅行の中でも一番長居した場所だ。あまりにも居心地が良くて時間に制限がなければもっと長居していたかもしれない。
ゴアには、アンジュナビーチとカラングートビーチと2つの大きなビーチがあってアンジュナビーチはヌーディストビーチ、カラングートビーチはトップレスビーチだった。僕はカラングートビーチに小さな一軒家を借りてまさしく住んでいた。
一軒家と言っても1日300円程度だった。ビーチ沿いはヤシの木林になっていて、家がポツリ、ポツリと建っている。
さて豚トイレの話、どの家もトイレは家の中には無く、離れにありました。
トイレは、コンクリートで出来たブロックで、中央あたりが滑り台のようになっていてその滑り台を滑って落ちた先に穴が開いていて外とつながっています。
トイレはバナナの葉っぱか何かで囲われていますが、その部分だけ穴が空いているのです。周りには、野豚くんたちが元気に走り回っています。
ここまでで何か想像出来たでしょうか?
その野豚くん達は、その辺のトイレを回って食事をするわけです。
僕は今でもそのトイレで最初にウンコした時のことをハッキリ覚えています。
衝撃的でした。
食べるのです。おいしそうに・・・。
野豚には白豚くんと黒豚くんがいました。
白豚くんは用を足すまでおとなしく待っていてくれますが、黒豚くんはせっかちです。トイレに入るとすぐに穴から鼻を突き出してブーブーせがみます。
お尻のすぐ下にブタの鼻です。鼻息をお尻に感じるほどです。とてもやりにくかったです。こんな状況にも慣れてしまうので不思議でした。
21年前、ゴアの長期滞在者はこの豚トイレが日常でした。
今はどうなんでしょう・・・。もう無いかな?
こんなことを確かめるためにも、もう1度ゴアへ行きたい。