ホームへ戻るホームへ戻る

ヴァラナスィー Varanasi

"この世の三途の川"ヴァラナスィー。ヒンドゥー教の聖地で、ここで死に、遺灰をガンガー(ガンジス川)に流せば輪廻から解脱できる。 ・・・というヒンドゥーの信仰だ。ここにいるものすごい数のヒンドゥー教の人々は100%そう信じている様だ、ガート(沐浴場)に居ると、 なぜかほんとかも知れないなぁと思った。それほどパワーを感じさせる場所だった。






《ヴァラナスィー目次》

ゴアの3人娘と再会
とてもおいしいガートのチャイ
便所の前のファーストクラス


カルカッタ
プーリー
ゴア
エローラ
バラナシ>>

ゴアの3人娘と再会

インド広しと言えど、旅をする土地や観光する場所はだいたい決まっているし、安宿街もだいたい集中してたりするので 、長期旅行者同士が違う場所で再会する確率はそんなに低いわけじゃない。けれど、この時はほんとにびっくりした。

エローラでチャールスと別れた後、列車で26時間座りっぱなしでヴァラナスィーへ着いた。ゴアを離れて5日後の事である。 とりあえず適当に宿を決め、まずはガート(沐浴場)へ・・・ガートは絵葉書で見たまんまの絵みたいだった。ガートに行く途中の道には ここで死ぬのを待っていると思われるたくさんの物乞い達が手を差し出している。ここで死に、ここで屍を焼かれ、その灰が聖なるガンガーへ流されると 輪廻から解脱し仏の世界へ行ける。みんなそう信じて疑わない。ここへは乞食から金持ちまであらゆる人がやって来る。乞食達は歩いて、金持ちは列車で、乞食達は ここへ死ぬためにやって来て、わずかながらのお金を貯める、自分の屍を焼いてもらう薪を買うためだそうだ。充分な薪が買えない人は生焼きの状態でガンガーへ流される。 ん〜すごい世界だ。そういう風景を見ていると輪廻解脱はほんとうだなと思ってしまう。ものすごくたくさんの人々がそう信じ、ヴァラナスィを訪れる人は後を絶たない。 ウソなわけがないと思った。

そんな想いに浸って一日が暮れた次の朝、ホテルの部屋の外で日本人らしき女性の声がした。 水を汲みに行くふりをして、部屋の外へ出てみるとなんとそれはゴアでいっしょだった3人娘だった! みんな抱き合って喜んだ。お互いゴアから先の予定は自分でさえも知らなかった。ヴァラナスィで会う事でさえ偶然なのに、 その数あるホテルの数ある部屋のなんととなりの部屋同士だったなんてビックリだった。彼女達とはその次の日一日いっしょに過ごし、別れを惜しみながら僕はカルカッタへと移動した。 (その後、じゅんとは吉祥寺で再会をはたしたが、ちひろ、マックとはその後一度も会っていない。)

▲Top

とてもおいしいガートのチャイ

ところで、インドでは生水は病の元であるため極力飲まないようにしていた、飲む物と言えばやはり"チャイ"(香辛料入りミルクティー)である。 これがまたうまい!当時1杯5〜10円だった。それを1日に5〜6杯は飲んだと思う。(飲んだ事のない人はインド料理屋さんで飲んでみよう!)中でもここヴァラナスィーのガートのすぐ近くのチャイ は格別にうまかった!ガートでごろごろしながら1日にやはり5〜6杯は飲んだ。

日本に帰ってからその話しを友人にしたところ、

友人:「えっ!おまえあそこのチャイ飲んだの?」

僕:「いかんの?」

友人:「あのチャイ、ガンガーの水だぞ!」

僕:「なっなに〜!!!」

知らなかった!思わず吐き出そうとしたが、胃の中にはもう残っているわけがない。 そう言えば思い出した、チャイ屋のおやじがバケツでガンガーの水を汲んでいた光景を・・・ まさかあの水を使ってチャイを作ってたなんて夢にも思わなかった。

ガンジス川(ガンガー)の水は聖なる川だけどとてもとても汚い!インド人はそんな事など気にせず聖なる水を飲んだりしている。 自分も記念に沐浴しようとガンジス川に入ろうとしたがあまりの汚さに足の指先をほんのちょこっと浸しすのが精一杯だった。 ガートのすぐ上流では死体焼き場がありほぼ毎日死体が流される。中には生焼けの死体もあり、子どもは焼かずにながされる。 そのすぐ下流でみんな沐浴し、その水を飲んだりしている。

僕は、足先を浸けるのがやっとだったその汚い水を飲んだ、と言う事だ。 ハハ、美味かったぜ・・・。

▲Top

便所の前のファーストクラス(エピローグ)

いよいよ、インドを出る日がだんだん近づいて来た。カルカッタでKBくんとP君と待ち合わせをしていた。 そろそろカルカッタに戻らなくてはいけなくなった。僕はカルカッタまでの列車の予約をしに行った。インド最後の列車の旅! 僕は思った。今まで2等しか乗った事がなかった、最後だしファーストクラスへ乗ってみよう!・・ファーストクラスは2等料金の約3倍だ。

僕は駅でファーストクラスの寝台の料金を払った。その時乗車券はもらったが寝台券はなく、当日、ホームの壁に寝台席の番号が張り出されるとの事だった。 (ガイドブックにもそんな事が書いてあった。)でも出発当日、ホームの壁に張り出された紙には自分の名前はいくら探してもなかった。やられた! 自分がどういう状況に置かれているのか、すぐには理解できなかったが、落ち着いて考えてみると真相はただひとつ、”駅員がネコババした!!”という事。 乗車券は確かに持っている。でもファーストクラスの指定券がない。その分をまんまと駅員が自分のポケットに入れたと言う事だ。ちくしょう! インドではよくある事だけど、まさか駅員が・・油断したのがバカだった。そう言えば郵便局で切手を何度か買ったけど、買う度におつりが違うので結局切手がいくらなのか わからなかったくらいだ。インドでは公務員でさえ油断できない。

がく然としながらも、ホームの駅員に交渉するが、駅員曰く「とにかく、その列車に乗れ、そして列車の車掌に交渉してくれ。」しかたなく僕はその列車に乗った。 とにかくファーストクラスの料金は払ったのだ、僕は適当にファーストクラスの席に座った。寝台の時間になるまではだれでも座っていいらしく、ベッドの数以上の人が座っていた。 やがて暗くなり寝台になる時間となった。指定券を持っていない僕は当然のようにファーストクラスから追い出された。車掌にいくら言っても相手にしてくれない。くそー。 しかたなく僕はファーストクラスをあきらめ2等席の方へ行ってみたがその列車は、どこも満席、寝るどころか座るところもない。しょがなくデッキで立ちっぱなし状態。車掌が通る度に交渉するが まるでラチがあかない。それどころかとうとう夜の10時半頃、ガヤ駅で降ろされてしまった。この列車は満席だから次の列車に乗ってくれという、11時頃次の列車に乗ったが状況は同じで時間だけが ただ過ぎていくばかり・・・。もういい!とにかく寝る場所を確保しなければ・・・といっても通路までびっしり人・人・人・・。僕はとうとう2等席の便所の前のわずかなスペースに新聞紙をひいて身体を丸めて寝た。 ファーストクラスの料金を払ってこのざまだ。朝方、僕はインド人に起こされた。「2等の荷台があいたよ!」と見るに見かねたのか教えてくれたのだ。 僕はそこでやっと背中を伸ばして寝る事ができた。そして次に起こされた時、列車はカルカッタに到着していた。

僕は荷台から降りて、荷物を降ろし、ふと窓ごしに外を見ると、日本人の女の子が通りすぎるのが見えた。 どうやら同じ列車に乗っていたらしい、僕は急いで、追いかけた。・・・その子が今の妻である。
今は、ネコババしたおちゃめな駅員に感謝している。

(インド編完)

↑一番上へ HOME インド地図  <ゴアへ <エローラへ 続編「ネパール編」>>>