ネパール編第一章


〜第一章 ジョムソン成り金宿の陰謀〜第二部 さよならジョムソン!

[国際会議開催!]
飛行機待ちの客は僕ら日本人数人の他、インド人、ドイツ人、スイス人、と国際色豊かだ。成り金宿で毎日毎日全然来ない飛行機を待つ、こんな時、やはり国民性がはっきりと出てしまう。僕ら日本人は、わりとおとなしく(あきらめの境地で)日々を過ごしていた。ドイツ人夫婦は毎日成り金おやじになぜ来ないのか詰め寄る。やがて数日後、その夫婦は待ちきれず、奥さんが足を痛めていたので馬をチャーターし歩きで下山する事を決意、その宿から去って行った・・。

日本インドドイツスイス

次の日、3人のインド人が「会議を開こう!」と言い出した。彼らインド人は政府関係の人達でかなりカーストも高そうだった。成り金宿の2階の部屋で総勢10数名の国際会議がはじまった!・・・

インド人はすごい勢いで怒っている。インド独特の巻き舌英語と身振り手振りでまくし立てる。その様子がとても滑稽に見えて思わず笑いをこらえた。

インド人の提案はこうだ。:「このまま毎日待ってもどうしようもない!あのおやじは当てにならん。そこでどうだ、皆の衆よ。みんなでヘリコプターをチャーターしようじゃないか!」(タケコプターじゃない)

(一同ビックリ!)

みんな「ヘリコプターのチャーターっていったい いくらするの?」

いくらだったか今となっては記憶がさだかではないが、日本円で1機8万円くらいだったと思う。宿代が1泊20円という事を考えるとそれは天文学的金額のように思えた。

みんな「ちょっとそれは高いなぁ・・。明日になればそろそろ来るんじゃなぁい?」

と、インド人にくらべ他の人は(僕らも含め)わりとのん気で、インド人の提案に賛成する人はいなかった。結局反対派が多数を占め、インド人案は却下されたのである。残念インド人。いくら政府高官でもこのヒマラヤの奥地では自分らの政府案は通らなかったのである。

 
[来ないのが普通]
飛行機を待ちはじめて、毎日毎朝、あたりまえの事だが荷造りをしていつでも帰れる状態にしておく。この作業がなんだかバカバカしくなってきた。最初の頃は飛行機が来ないとがっかりしていたが、さすがに慣れた。こう毎日来ないと、来ないのが普通になってしまう。もうどうでもいい・・。こうなったら1年でも10年でも来るまで付き合ってやろうじゃないか。飛行機嫌いの手塚さんも同じ境地に達したみたいで飛行機待ちライフを僕らとエンジョイしていた。



[来る時が来た!]
待ち続けて10日、とうとう来る時が来た。飛行機が来た。待ちくたびれたドイツ人は去った後だが、怒りまくっていたインド人達、物静かに絵はがきを毎日書いていたスイス人、そして待つ事に慣れた僕ら日本人も、ここジョムソンから去る時が来た。20人乗りの小さなプロペラ機、「なんだ来るじゃないか・・。」 でも、どうしても毎日来るはずの飛行機が10日も来なかった事が僕らも他の人にも大いなる疑問として残った。まぁとにかく帰れる、みんなの顔はいやでもほころんだ。やっぱりうれしかった!
やっと帰れる! これが20人乗りのプロペラ機 手塚さん満面の笑み


そしてこの冒頭の写真がその時の写真というわけです。
よろこぶみんな


←不謹慎にもコックピットでコーヒーを飲むパイロット。

ポカラからジョムソンまで10日くらいかけて歩いてきた道程を、飛行機だとわずか30分だ。ヒマラヤの山々を見ながらのフライトは感無量だ。でもポカラでゆっくり過ごすつもりだった予定がこのジョムソン軟禁で大幅に狂ってしまった。まぁいいか。予定通りに行かないのが旅のいいところでもあるし・・。

第一部最終項
[ジョムソン成り金宿の陰謀を暴く!]
後から冷静に考えた。やっぱりオカシイ!何かがオカシイ。でもようやくわかった。
これはあくまでも推測だけれど、99.9%当たっていると思う。

最初に書いたように飛行機は毎日来るというのがミソである。普通の感覚では毎日来ると言われれば毎日来ると思う。少なくとも日本ではそのはず。でもジョムソンではそうじゃなかった。毎日来るというのはミソだけどウソである。

結論から言うと、「20人、客が集まったら飛行機を呼ぶ。」というのが正しい表現であります。正直にこの事を公言すると飛行機待ちの客はほとんど歩いて下山してしまう。毎日来るとなれば今日来なくても、明日を期待してこの村に残るのである。僕らもまんまと引っ掛かった口だ。長引けば長引くほど、飛行機待ちの客はこの宿にを落とす。20人集まれば飛行機をチャーターし、ひとりのロスを出す事なく運賃も稼げるというわけだ。ん〜んなかなかやるな成り金おやじ!これは一本取られたぜ。ジョムソン滞在中はこの事にぜんぜん気がつかなかった。気づいたらどんどん謎が解けてすべて理解できた。アラカのブッティが毎日「歩け、歩け」と言ってた事も・・・。ブッティは日々こうゆう状況を見て来ているんだ。だから「歩け、歩け」と教えてくれていた。でも「飛行機は来ない」なんて言う事は恐らく御法度だろう。ジョムソン村のタブーだと思う。飛行機待ちの客の落とす金がこの村を支えているとも言えるからだ。(成り金宿に集中してるけど。)

許そう・・。僕は寛大な男だ。そんな事で怒ったりしないぞ。おちゃめじゃないか!あの荒涼とした村で生き残るためにはそんな事くらいやってもいいぞ。こんど来る時は待つ事も最初から予定して来るぞ。でも日本で同じ事やったら嫌われるぞ。
ジャパニーズブラブリはいつかきっと、またブラブラしに訪れる事でしょう・・・。

飛行機の中でI'll be back!


第一章 ジョムソン成り金宿の陰謀「完」



[ここまで読んで頂いた方へ]
この物語は本当の話ですが、1985年当時のものです。
今現在、ジョムソン村がおちゃめなままかどうか私は知りません。もし同じような体験をされた方、また最近行かれた方、今どうなっているか知っている方、いらっしゃいましたらぜひ教えてください。ジョムソンをはじめネパールトレッキングはすばらしいです。ネパール編執筆にあたってまずトレッキングのすばらしさから書き始めようと思いましたが、僕にとってはこのジョムソンでの出来事が一番強烈だったので、こうしました。ポカラ、カトマンドゥー、トレッキングについてはまた後日追加しようと思います。


前のページ

【脱サラインド回想記ホームへ】 【インド編へ】